いい加減、面倒くさい責任追及はヤメにして前を向こうぜ!

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日テレ社員だから? みのもんたの息子だから? それ、関係ないでしょう。

こちらを読んで、まさにその通りすぎていいね!とリツイートボタンを100回くらい押したいほどです。

グサッときたセンテンスは次のとおり。
それぞれに私の感想を述べたいと思います。

だが、冷静に考えてみれば、事件そのものは連日、都内のどこかで頻繁に起きている、かっぱらいや置き引きなどの一つに過ぎず、通常、こんな事件の容疑者が逮捕されたりしても、それだけではけっしてニュースにはならない。新聞のベタ記事はともかく、少なくともテレビにニュースにはならないはずだ。

有名人だからといってニュースが大きくなることについては私も反対です。というか、みのさんの息子が犯罪を犯したとか、どうでもよくないですか??地方の田舎の31歳が同じことをしたってどうでも良いのと同じです。そしてさらにいうなら(おそらく杞憂だと思いますが)、「有名人の息子なだけに社会的責任が重い」とかなんとかいって罪が若干でも重たくなろうものなら、それは法の下の平等に反する。でも世間は「起訴猶予なんて許せない!」といって責任を重く負わせようと思っている気がします。

今回の御法川容疑者の件でいえば、父親である、みのもんたに責任を問うことは明らかに筋違いだろう。

だって、容疑者は31歳の立派な成人。

本当に日本という国は何かあれば「親の顔が見たい」という島国根性から抜け出せないでいる。

逮捕されてコメントを取れない本人に代わって、親に「申し訳ない」と謝らせないと気が済まない。

親の顔とか、ホントどうでも良いですね。31歳ですよ。15の子供が事件を起こしたらそりゃ家庭環境や育て方に問題があるんじゃないかとなりますが、31なんてもう「自分の好きに生きたらいいじゃないか」っていう年齢でしょう。

もちろん、みのもんた自身が責任を感じることは結構なことです。自分の育て方が、、、と思うことも分かります。でもですよ、それを他者に「親として責任を感じないのか」とかバカげています。

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◇◆仕事上の責任追及◆◇

仕事でも次のようなことがありますね。

たとえば半沢直樹。

第一話で支店長から「責任は全て私が取るから、大急ぎで融資の手続きをしなさい」と言われて半沢は西大阪スチールへの融資を通しました。
でもその会社はニセモノの財務諸表を作っていて、とても融資するに値する会社ではなかった。それどころかその直後にその会社は倒産してしまって5億円の融資が焦げ付いてしまった。
半沢は融資課長として責任を問われた。「なんでちゃんとチェックしなかったんだ?」と。「確認をする十分な時間がなかったし、あなたが全責任を取ると言ったでしょう。」と反論するが銀行と言う組織では・・・

というのがこのドラマのスタートです。

これについて、半沢が自分自身で責任を感じて、自分を戒めて

  • なぜ確認の時間を確保できるよう頼まなかったのか。
  • 支店長が全責任をとると言っても、融資課長は私だ!私が納得できなければ融資を進めるべきではなかった。

と、こう考えることは素晴らしいことです。半沢自身、上記のように苦悩するシーンも見られました。私が以前書いた記事(問題を「自分ではない、なにか」の責任にしてはいけない)でも同じことを書いていますが、自分自身の成長のためには、問題を自分の問題として捉えて悩むことは大切です。これによって彼は一枚成長を遂げたことでしょう。

しかしながら、それと責任を押し付けられることとは話が違います。すでにこの時、責任は支店長にゆだねられていました。

みのさんの事件だってそうですね。

子供は成人した段階で親の監督責任は消えます。成人して親元を離れて何年も経つ子供のしたことについて、なぜ責任を問われなきゃいけないのか。

ローラのお父さんだってそうです。あの報道をしたことで誰が幸せになったというのでしょうか。ローラの父親だという事実を公表する必要性は1%でもあったのでしょうか。

そんな足の引っ張り合いや、存在しないはずの責任問題を追求しているヒマなんて、今の日本にはないハズです。
たとえばこういう報道が増えると

  • 前科者を企業が雇いづらくなる(再犯があった場合に「前科者を入社させたのか」と叩かれるから)
  • 必要以上に社会の目を気にして、自身の振る舞いや子供への教育も萎縮してしたものになってしまう

という危険性があります。

会社でもどうでも良い責任問題を問いたがりますね。
たとえば大企業で新規事業の企画立案なんて、率先してやりたがる若手がどれだけいるでしょうか。(ちなみに私は率先して手を上げるタイプですが)なぜ手を上げたがらないかというと、プロジェクトが失敗したときに責任を問われることを恐れているからです。
新規事業の企画立案なんて成功する保証のない仕事が失敗して、責任を問われるなんて間違っています。

もちろんやるべきことをやったことが前提ですよ。サボったり、努力が足りなくて失敗したら怒られるでしょう。(これは普段の仕事だって同じです。)でも「会社に損失を与えた!言及だ!」なんてことにはならないはずです。いや、損失であることは事実ですが懲戒事由にはなりえません。損失ではなく利益を生むためのチャレンジで失敗したならばそれは普通は褒められるべきです。

もちろんその上で「何がいけなくて、どうするべきだった、いまからどうにかしてリカバリができないのか」を死ぬほど悩んで成功させることが求められる姿でありますが。

報道だって、もっとやるべきことがあるはずです。
個人的には地球温暖化⇒地球関連化問題や串野氏の地震予報とか、もっと報道すべきだろうなーと私は思っています。

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バカッター事件でもそうですが、あまり細かいことを気にせず、おおらかな気持ちで見守りたいなあと思っています。

ハタラクティブ
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