ナイフに立ち向かった校長が体罰だからとクビになるのは間違っているが、そもそもそんな話じゃない

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なんかまたマイノリティ側で叩かれそうですが、自分の意見は自分の意見として発信していきます。

【これはひどい】ナイフを持ち込んで脅した小学生を校長が頭を1発叩いて指導した結果・・・について。

結論から言うと、大阪教育委員会は全うな判断してると思いますよ。

1年近く前の事件ですが、俳優の伊勢谷 友介さんがFacebookで「ふざけんなよ」とコメントしてNaverがシェアされたことで今さら盛り上がっています。
すでにシェア1000件を超えています。影響力すごいですね。

もうNaverでリンクされている記事はリンク切れなので一応一番事実が書かれていると思われるページを紹介しておきます。

ナイフで脅した児童叩いた校長に戒告処分 「可哀そう」「厳しすぎる」の声相次ぐ

で、私個人の意見では「校長は正しいことをした」の風潮が気持ち悪くてしょうがないです。
そもそもどっちが正しくてどっちが悪いという単純な話ではないでしょう。

タイトルにも書いたとおり、この事件は「生徒がナイフを持っているから取り上げるために武力行使をした」というものではないです。
その場合は正当防衛や緊急避難になりますし、そもそも(一般人が逮捕するときも)現行犯逮捕の際の多少の暴力は傷害としては扱われないです。
つまりナイフを持ってる危ないやつからナイフを取り上げるときの多少の暴力は致し方ないということ。

それはその通りでしょう。でも今回の事件はそういう話じゃない。ナイフを持ってきた生徒を呼び出して、指導の目的で平手打ちをした。そしてその他の6人の生徒にも平手打ちをした。記事によれば

   ナイフの児童以外も頭を叩いた理由について、校長は、1か月前に7人がそのうち1人を仲間外れにしたことをいじめにつながると叱り、今度何かあったら報告するよう求めていたが、報告しなかったからだと説明した。

とのことで、この6人は銃刀法違反を犯したわけでなく報告義務を行っただけ。犯人隠避の罪にも該当しない。そもそもこれが犯人隠避になるなら、銃刀法違反を警察に届けなかった校長も罪になりますから。

多くの人がコメントしている「悪いことをしたやつには分からせてあげることが教育である」という点について。
それをいうなら部活で真面目に練習していないことも殴られて良い事案なのかもしれないし、宿題を忘れたやつを殴ることも許される。
でも言い方をみていると「ナイフは流石に超えちゃいけない壁。その壁を越えたのだから校長は殴って当然」という感じ。

じゃあ超えちゃいけない壁って何さ。確かにナイフを所持していたこと自体は明確に罪であると分かる。銃刀法違反です。
刑法に違反するような場合であれば殴って良いとするなら、それはまあ分からないでもないです。
体罰を「ある条件下であれば許可する」というならそういう明確な基準が必要でしょう。
そうであっても今回のように殴られた7人のうちの6人は殴られるに値しませんが。

体罰はいかなる場合でも禁止というのが現在の考え方だし、桜宮事件をうけた大阪教育委員会の結論でしょう。それに対して確信犯として「このケースは殴ることが正しい」と勝手に判断し、それがバレたから懲戒処分になった。

ちなみにこれも多くの人が勘違いしていますが、校長はクビになったのではなく、勧告処分(懲戒処分の中でもっとも軽い「いわゆる注意」)を受けたに過ぎません。それを受けて自ら依願退職しただけ。

体罰を全面的に否定している教育委員会が、体罰をした校長がいるので勧告処分した。これは適正であると私は思いますよ。

ここまで書いておいてアレですが、私自身は別に体罰に反対でもないし賛成でもないです。指導者の好きにしたら良いじゃんというスタンス。でもそれには明確な指導ポリシーがあるべきだとは思います。指導者の気分で殴る蹴るをするのはもってのほかですが、何のために殴るのか、殴る必要性はどう考えているのか。ここらへんを踏まえたうえでの本当に有益な愛のムチなら良いのではないでしょうか。

という話は桜宮高校の事件のときもほとんどされなかったですよね。体罰賛成派と反対派で議論を交し合ってほしかった。こういうことって世論がどうだからとかよりも本当にあるべき姿はどんなものかを議論していかないと見るべきものが見えなくなります。

なのでそもそも「体罰は全面的に禁止」ということ自体への強い違和感はあります。とはいえ現在はルールはルール。確信犯だとしても破ってばれれば怒られるのは当然でしょう。それがルールってもんです。

個人的な見方ですが「殴って、その後バレて反省して辞める」という顛末をみると、自分は正しいことをしていて教育委員会が間違っている!という強いポリシーがあったわけではないように思います。

そもそも体罰だってただの選択肢の一つです。道徳の時間で考えさせるとか、反省文を書かせるとか指導の方法は沢山あります。そしてその中には体罰よりも彼らに気づかせることができるものもあるでしょう。「痛みを体で覚えさせることは必要」という意見を持っている人もいますが、本当にそうなんでしょうか。
もしそうだとしたら「校内で暴力行為を働いたら、痛みをもって反省させるために体罰OK」っていう風になっているべきでしょ。
他の方法で子どもに分からせる方法はないのでしょうか。そもそも刑法違反なら法律によって裁かれるべきです。
もう完全にこのあたりはドラマ『相棒』の杉下右京の影響を多く受けています。わたし。

先日のイケダハヤト氏()じゃないですが、「悪いことしたんだから殴られて当然」という意見には賛同しかねます。法治国家なら法治国家らしく、ルールに則って裁かれるべきです。そういう意味ではこの一連の出来事にあまり違和感を感じません。

いうならば、

  • 生徒:ナイフを持ってきて他の人の体を傷つけかねない、そして精神的恐怖を与える悪い事をした
  • 校長:自分の判断でルールに背いて生徒を殴った。正当性があったかは、それぞれの価値観があるだろうから分からん。私は正当性はないと思う。
  • 教委:体罰絶対NGについて、世論にあおられて結論を急ぎすぎた。そして本当に体罰絶対NGで良いのかどうかはまだまだ議論の余地があるだろう。もちろんこれは教委だけの問題ではない。

と言うように、それぞれに反省すべき点はあり「生徒が悪くて校長は正しい。その校長を(勧告)処分した教委は最低だ」という単純な話ではないですよね。というのが私のいいたいところ。

唯一の正解がないこういう問題、日曜日の夜に友人と酒でも飲みながら議論を重ねるのも悪くないのではないでしょうか。

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