【悪意のある誤用】セルフサービスという名のノーサービス

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早速ですが皆さん、スパゲッティとパスタの違いはご存知ですか?この違いを知らない人があまりにも多く、時には「スパゲッティは昔の言い方で、今風の言い方がパスタ」と勘違いしている人さえいます。
正確には「断面が円形で、太さ2mm弱のロングパスタ」をスパゲッティと言います。もうちょっと太くなるとスパゲットーニ、もうちょっと細いとスパゲッティーニ、もっと細いやつはカペッリーニ(日本では発音しにくいせいか、カッペリーニ)といいます。

カペッリーニもラザニア(平たいパスタ)もペンネもフジッリも全部パスタ。もちろんスパゲッティもパスタの一種。こういう意味の違いがあります。

別にオシャレな言い方でもないんですね。

あと最近気になるのは、スマホという言葉。そもそもスマートフォンをスマホと略すことに違和感がある(なんでやねん)のですが、さらにスマホの意味を「Androidケータイ」だと思っている人が多すぎて、ビックリします。辞書的な定義はないにせよ、ガラケーではない高機能携帯電話がスマホというのが通説かと思います。何が言いたいかというとiPhoneだってスマホだということ。

ネットカフェなど、充電器貸し出しサービスをしている店舗でいつも困るのです。「充電器を貸していただけますか」というと、「機種は?」と聞かれます。これは貸す充電器の端子をどれにするかを判断するための質問ですが、要はフォーマ用なのかLightning(iPhone5以降)なのかMicroUSBなのかを知りたいのです。

ここでホボ100%そうなのですが、スマホ=Androidスマホだと思って質問されるわけです。チラっと端末を見せてガラケーじゃないことが分かると、「iPhoneですか?スマホですか?」と聞かれる。

これは、牛肉が食べたいときに、「豚肉にしますか?それともお肉にしますか?」と聞かれているようなもので、そのどちらの選択肢でも答えたくない。でも店員はスマホ=Androidと誤認していることを知らないので、私がAndroidだというと、「いえ、ウチには鹿の肉は用意していないので、豚かお肉(牛肉のつもり)で選んでください」と言わんばかりの変な顔をされる。そしてMicroUSBと言っても分からないので、最終的には端子を見せるか、もう心折れて「スマホです(泣)」と言うことが多いです。

私は自分自身が間違った日本語の使い方をしたくないという頑固な面があるので、結構メンドクサイです。

ちょっとテンションが上がってきたので雑学共有のためにもう一つ。

飲み会の締めにも行うことがある「○本締め」について、これも勘違いしている人が圧倒的多数です。本来は一本締めは「いよー!パン」ではなく、「いよー!パパパン、パパパン、パパパッパン」です。ちなみに手を一回だけ叩くやり方は一丁締めとか、関東一本締めとか言います。

そもそも一本締めの一本の叩き方が「パパパン、パパパン、パパパッパン」なのは、3+3+3=九で、最後に一回点を打つから丸になり、「丸く収まる」という意味が込められていると聞いたことがあります。ちゃんと意味のある儀式なんです。

落語なんかの真打お披露目会では最後に3本締めで締めることが多いですが、この場合は

「いよー!パパパン、パパパン、パパパッパン」
「あいさ!パパパン、パパパン、パパパッパン」
「もう一丁!パパパン、パパパン、パパパッパン」

などと掛け声をはさみながら、3回やります。

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もともと居酒屋などでやられたら一本締めでもうるさくて迷惑という考えから、手を一回だけ打つスタイルが考えられ変わっていったようです。それはそれで他人を思いやる日本人らしい気遣いでステキだと思いますが、本来の意味を知らないで結婚式なんかで三本締めをするときに、パパパン、パパパン、パパパッパンで終わったら、「常識のない人」だと親族からも白い目で見られます。注意をしてください。

さてここまでは「我々、正しい言葉だと思って使っている言葉。実際は勘違いしているかもしれないよ。」という例です。

そろそろ本題に入りましょう。ここからは「意図的に勘違いを悪用している」というお話しです。

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悪用される勘違い


もう随分と浸透したセルフサービスという言葉。この言葉の乱用には少し思うところがあるのです。私は学生時代にずっとサービス業のアルバイトをしていたため、結構サービス業への見方が厳しいのです。

参考:「私は」人が上に乗ったバンズより、嘘つき商売に悪意を感じる。

日本語では「相手のために何か良いことをしてあげる」というのがサービスの持つ意味であると思います。調べてみると次のような記述があります。

無形のもので、消費者に対して利便性や肉体的、心理的な満足感を与えるもの。(参考)

ちなみに英語での店舗におけるServiceの意味はLongmanによると「the help that people who work in a shop, restaurant, bar etc give you」だそうで、つまり店員さんがしてくれるお手伝いです。

これを踏まえて考えると、セルフサービスとは「自分でしてもらうことによって、お客様が喜ぶサービス」であるといえると思いますし、そういうセルフサービスは素晴らしいと思います。
たとえばとある結婚式の二次会では、生ビールはセルフサービスでした。これのメリットは、サーバーさえ空いていれば自分のペースで注ぎにいけるし、「店員さんまだかなー」と悶々とすることもなく、こだわりのある人も自分の好きなように注ぐことができます。
ファミレスのドリンクバーなんかも、セルフサービスですね。実際にドリンクバーに行って、自分で好きなものを好きな分だけ飲むことができます。自分に任せられているからできる仕組みです。

反対に、イタリアンファミレスの某S店の「お冷はセルフサービスです」には違和感を覚えます。しばらく某S店には行っていないので、今は変わっているかもしれませんがね。

お冷については「自分で取ってきてもらうことによって、お客が喜びを得るもの」が見当たりません。たとえば定食屋さんなんかで各テーブルにポットがあれば、店員さんを呼ばなくても自分で好きなときにすぐ入れられるというメリットがあります。でもわざわざドリンクバーコーナーまで行かなくては水を入れられないのでは、自分の好きなタイミングで入れることもできないし、食事中に席を立たないといけないわずらわしさ、会話が途切れてしまう残念さもあります。

つまるところ、某S店のお冷セルフサービスは「どうぞご自分でお取りになってくださいね」とやさしい言葉を掛けられてはいるものの、意味するところは「飲みたいなら勝手に飲んでくれて構わないけど、あたしたちは何もしませんから」と言っているのです。セルフサービスという言葉を借りたノーサービスであるといえます。

「お手数ですが、お冷につきましてはあちらのドリンクコーナーにご用意しておりますので、ご自分でお注ぎいただけますでしょうか」というのが筋な気がしますが、「セルフサービス」という言葉に良いようにあしらわれているように思えるのがチクっとするところ。

言葉はちゃんと使わないといけないなと思うんですよ。

最後に、おまけ


安倍総理大臣が「原発はコントロールされている」と言ったものの、どんどんアンコントローラブルであることが露呈されていますね。これを一刻も早くコントローラブルにするために、特定秘密保護法案が通されようとしています。「一切報道させない」ことによって海外に対しても「原発事故の話は聞かなくなった。汚染水の話も。」と安心付けるつもりなのでしょう。

ごまかさずに正しく伝えるというのは商売における倫理というか、道徳的な問題だと思います。うそついてごまかして金儲けはしたくないなーと思います。

普通はうそついてごまかしたらそれ相応の仕打ちを受けるんです。東電の福島第一原発の一号機の燃料棒の1/4が震災前から破損していたニュースはご覧になりました?

え?知らないって?そうでしょう。河北新報という東北ローカルの地元紙のみのスクープです。朝日や読売は一切報道していません。ゆえにテレビでも一切報道されていません。

福島第1原発1号機 燃料震災前破損70体 全体の4分の1

>東京電力は、15日まで事実関係を公表してこなかった。同社は「国への報告は随時してきた」と説明している。

と言っていますが、こんな重大な情報、誰が止めていたのでしょうね。

うそついてごまかして原発で高い利益を上げていた東電ですが、今回の場合はうそついてごまかしたことによって救われそうです。なぜなら震災を機に完全に国からお金が入っているから。震災前にこれが発表されていたら株価大暴落ですし、減ってしまった資金の中で破損した燃料棒への対応をしなければなりません。多分無理だったでしょう。資金を融資していた銀行と一緒につぶれていたでしょう。

でも今このタイミングで、様々な汚染水漏洩などのドサクサに紛れて発表をしたことで「たくさんある解決すべきトラブルのうちの一つ」と認識され、東電は自腹ではなく国の金(つまり国民の血税)を使って自分らの失態を尻拭いできるわけです。

なんとも皮肉な世界です。僕ら、なんでそんな奴らのために増税されにゃアカンのやろと思います。

自分だけは、全うな商売をしたいなと思い、明日からまた頑張ろうと思います。

ハタラクティブ
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