仕事における規則と自由のトレードオフについてのお話

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これまで私は社会人として2つの職場を経験してきています。かたや超自由で出勤時間から仕事の進め方まで自由。もう片方はいわゆる普通の職場かな。朝は決まった時間に出社するし仕事の進め方は割りと型にはまったものが多いです。

はっきりいって自由な方が仕事は早いし、精神衛生上も良いです。でも世の中の会社がそこまで自由になれない理由も分かってきました。今日はそんな話。

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社員全員がオトナでないと自由は与えられない

極端な例ですが、小学校の授業が先生の都合で休みになったときって「自習」になりましたよね。僕ら小学生にとって自習は遊びみたいなものでしたし、事実誰も勉強なんてしていませんでした。(ときどき隣の先生あたりが見に来て怒られるのですが)

でもこれが大学受験間近の進学校のクラスならどうでしょうか。おそらく折角できた自分の自由に使える時間を最大限に活かそうと問題集をカバンから取り出したりするはずです。自由時間を与えたら自由に勉強をし始めるのです。

会社ではどうでしょうか。例えば時々聞くこんな話。

「部長がいない日はゆっくりできるよね」

こんな職場と、上の人がいようがいまいが、自分達のやるべきことを理解していて自発的に動く人たちの職場。これはまさにさっきの小学生と受験前の高校生に似ています。言わずもがな、上司がいないと気を抜く職場は小学校です。

小学校では自発的に勉強させようと思っても無理がありますから(当たり前ですが)、時間割りがきっちり決められ、先生が指示をだし、宿題によって家庭学習の時間も確保させるのです。それによって半ば強制的に勉強させている。本当は子どもが自発的に勉強するようなモチベーションの内在化をさせられれば良いのですが、難しいのも分かります。この手法はある意味有効です。私も小学校の頃、塾も含めて死ぬほど勉強させられたことは今になってとても感謝しています。

社員が全員受験前の高校生のように、自らのやるべきことを分かっていて、サボると自分のため(誰かのため)にならないと分かっていて、自らを律しながら動ける場合、無駄に規則で縛る必要性は減ります。自分はもう微分積分はバッチリで英語に力を注ぎたいのに、決まった時間割りで動くのは非効率ですし、勝手に自分でやるでしょう。

大事なのは自分で考えて動けるかです。そして、一部の人がそうというわけでなく会社全体としてそういう状態かが大事です。日本の会社はチームで仕事をすることが多いので、チームの統制は重要です。「はい自習!」と言った瞬間に全員がバッチリ勉強に取り組むなら良いですが、一部の生徒が麻雀をし始めたらうるさくてかないません。先生はクラスとしての最適なやり方のためには縛ることをしないといけないでしょう。一部の心ない人のために多くが犠牲になるのは世の常ですね。

ということで、自由な社風というのは想像以上に実現が難しいものです。自分で自分を律し、自発的に動けるオトナな社員が集まった会社である必要があります。あとは儲かりまくっててあんまり細かいことを気にしない会社ですかね。でもそういう会社は右肩成長が鈍化してきたタイミングで大変革を迫られるでしょう。

思ったより難しい自由の話でした。

ハタラクティブ
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