プア充はせめて18禁ならぬ50禁にしていただきたい。

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今週は月曜日がお休みだったので週4日ですね。こういう週はエンジン全開突っ走っても疲れ果てないので、個人的に好きです。

さて、プア充についてですが昨日のプア充拡大 280円牛丼、100円DVDなど上質なサービスが背景というYahoo!ニュースをきっかけに一気にトレンドワードになりつつあるようです。しばらくはプア充というワードが流行るでしょう。

私はプア充とかアホなこと言うな。どうしたら楽しく働けるかを考えよう。という記事を書いたとおり、プア充に対してはOppositeな立場を取っています。そりゃしょうでしょう。働き盛り、伸び盛り(と自負していますが)の若者が「プアでもいい。結婚しないで多くを望まなければあまり仕事をしないでも生きていける」なんて言いはじめたらまずいです。どうまずいかというと

  • 少子化に拍車がかかる
  • さらに年金、医療保険など社会保障がガタガタになる
  • 消費しなくなるから、日本企業の業績が下がる
  • 生産者でもある若者が生産しないと、GDPが下がる
  • 全体として景気が低迷する

ざっくりいうとこんなところでしょうか。このブログでは以前から発信しているように、仕事というのは社会に対して価値をアウトプットするからお金がもらえるのです。お金なんていらないやという人が増えると、社会への価値のアウトプットの質も量も落ちていきます。
せっかくアベノミクスで日本企業が(適度な)インフレに向かおうとしている中、「プア充発言」はデフレ真っ只中のような妄言だと思っています。(個人的にはアベノミクスが引き起こすのは適度ではなくハイパーインフレだと予想していますが、本記事の本筋からそれるので、言及しません)

ただ、ここ最近の「プア充発言」に対するネット上の反応を見ていて、「ああなるほど」と思う部分がありましたので、私の考えも変わってきました。それは「立派に生産活動を行ってきたが、結果的にプアになった人」にとって、プア充は1つの拠り所になるんじゃないかということです。また、貧しい貧しくないは別にして、お金を使うべきところに使って、使わないべきところに使わないという考え方自体を否定するつもりもありません。しかしそれと「ちゃんと働かない」のは別の次元の話だと思っています。別に相反する考え方でもありませんし。
アウトプットするために努力をして、それでも報われなかった人に対して、「あなたは頑張りが足りなかったからひもじい生活をしなさい」なんて世の中は嫌です。そういう意味では、結果的にあまりお金を得られなかった人にとっても充実を味わうことができるプア充という考え方はステキです。

ただそれはあくまで結果論であるべきだと思っています。ですので、タイトルに書きましたが50歳以上だったらプア充発言も良いのではないかと。
反対に20代でプア充なんていうのは最低です。自分だけがかろうじて生きていける、子どもも残さない、社会に対して価値のアウトプットをしない人生なんて、あなた生きてる意味あるんですか?あなたが居る世界と居ない世界で何も変わらないなら、世の中にいる意味ががあるのでしょうかと言いたい。

自己実現や多様性が重視され始めている世の中ですが、そもそもその目的は「おのおのが個性を発揮して素晴らしいパフォーマンスを出すこと」だと思います。社会から「楽をしたい人は楽してて良いよ」という甘いものではないのではないかと。

ちなみに50禁と言っている理由はもう1つあります。それは子どもへの影響です。40禁だと、40歳でこどもが小学生くらいのときに「貧しくても生きていけるんだ。お前もこの厳しい社会で頑張ろうなんて思っちゃいけない。お金を使わないよう我慢をして、辛い社会に耐えながら生きるんだ」とかいう教育をしてしまいそうです。50歳であれば子どもも成人していることが多いでしょうし。

oshin

おしんの時代なら分かりますけどね。

自分たちより後の世代に、ポジティブな未来・夢を見させてあげましょうよ!

ハタラクティブ
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