僕が「純粋な」学生との関わりを大切にする理由

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人間は学習していく生き物ですが、学習によって退化してしまうものがあります。それが純粋さです。

私の会社ではいつも「理想から考えろ!」と教えられています。これは問題解決における重要なプロセスの一つであり、私も常に意識しているところです。なぜ今の業務はこんなにもメンドクサイのだろうと思ったときに「××だから仕方がない」と諦めるのではなく、「どういうのが理想なんだ?それを実現するにはどうしたら良いんだ?」と考えることによって、様々な問題が解決していくのです。

ところが、この理想から考えるということ、意識しているつもりでも日々衰えているということに気づきます。学生と話をすると分かるのです。

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学生の純粋さに学ぶ


例えばある学生が自分の理想を僕に話してくれました。「みんなが自分の好きなものを持ち寄って、好きなものが溢れかえる空間を作りたい。皆の『好き』が集まるって、なんてステキなんだろう!」と。彼はそれを自分の事業にしたいという風に言っていたので、私は真っ先に「どうやって事業化するんだ。カネになるのか?」と思ってしまいました。

ああ、これ既に私は理想から考えるのではなくカネになるのかというのが暗黙のうちに前提条件になってしまっていることに気づきました。もちろんボランティアでやるわけではないので継続できる事業計画が必要です。でも理想から考えるというプロセスにおいては「いけるのか?」という要素は一旦取り払っていいはずです。
その後で事業化するためにどうしたら良いかを考えればよいのです。初めから事業化の見込みがないと思ってその面白い案を切り捨てるなんて愚の骨頂。

多分私自身がこのアイデアを考えたとしたら、「いや、きびしいな」と思って早い段階で見切りをつけていたでしょう。これはある程度マネタイズの仕組みが分かって、事業というものを学生のころより知ってしまったがために生まれた壁です。

もう一つの例を上げます。

こちらをご覧ください。これはキュート!Googleトップページが「Doodle 4 Google」受賞作品に変更

Doodle 4 Googleのグランプリが「歩いたところに花が咲くくつ」です。これをこんにちの科学的な常識で考えると「何を言っているのか」と思ってしまいます。これは我々が科学の知識を身につけたからです。種子が地面の中で芽吹いて茎が伸びて花を咲かせるのに、靴が踏んだ地面から花がわけがないと決め付けてしまうと、一生実現しないでしょう。

そもそも30年前の人には「電話を持ち歩く」なんていうのは想像できなかったでしょう。「外にいても電話ができたら便利じゃね?」って言ったら「んなことできるわけないでしょ」って言われたはずです。

個人的にはこのレベルで自由な発想を仕事のなかで取り入れたいなと思っているんです。

学生が企画する「社会人と学生の交流会」というところによく参加をさせていただくのです。学生は目をギラギラに光らせて「こういうことをやりたいんすよ!」と言ってくれます。私はアドバイスできるものがあればしますが、多くは「社会人の僕の目から見てもこういうメリットがあると思うよ」とか、「それは社会的にとても価値があることだぜ」とか背中を押すことが多いです。これはイケダハヤトさんのとは真逆です。

で、そんな話を学生としていると、私もとても勉強させられるわけです。「そんな発想、僕にはなかったなー」、「理想から考えるというのは、その部分の壁もぶっ壊して良いんだよな」など。そこから私自身の業務でも、より純粋な理想を掲げることができるようになります。

純粋さだけに限らず、会社に就職してそこでガラパゴス的な成長をしていくことはなかなか危険だと思っています。
他社や学生などと関わりをもって新たな刺激を自分に取り入れていくことで、色々な分野で活躍できる人材になれるのはないかと思っています。

ハタラクティブ
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