マズローの6段階理論から仕事のやり甲斐を考えてみる

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マズロー欲求と仕事を考えてみましょう。昨日の麻布十番祭で飲んで、今朝は起きてからずっと日本酒を呑んでいるため支離滅裂だったらごめんなさい。

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マズローの欲求6段階説(5段じゃないよ)

マズローさんが人間の欲求には5つの段階があると提唱したのはご存知かと思いますが、晩年に彼は更に一段階「もう一個あったわ!」と追加しているのです。それが自己超越欲求。 実は6段階だったマズローの欲求説 自己超越欲求というのは「目的の遂行・達成『だけ』を純粋に求める」という領域で、見返りも求めずエゴもなく、自我を忘れてただ目的のみに没頭するという領域です。シャーロックホームズが宿敵である諸悪の根源モリアーティ教授と対峙したときの名台詞を覚えておいででしょうか。

モリアーティ「私は決して君に打ちのめされない。君にもし私を破滅させるだけの知力があれば、同じように私にも君を破滅させるだけの知力があるのだ」
ホームズ「重ね重ねのお褒めをありがとう、モリアティ教授。私からも一つ申し上げたい。もし君を破滅に破滅させることができるならば、公共の利益のために僕は喜んで死を受け入れよう」

この後、ライヘンバッハの滝で二人で滝壺に落ちて死ぬのです。(まあ実際は作者コナン・ドイルに山ほど届いた「ホームズを復活させてくれ」の声に後押しされてホームズは復活を遂げますが)

ホームズは探偵として、ロンドンの平和を守る(ちょっと違うけど)ことが自分の役割だと思っていました。それを実現するためならば自分の命を捨ててもよい。これはまさに自己超越欲求といえます。そしてそうやって仕事をしていたホームズには「はあ、俺なんでこんな仕事をしているのだろう」と思うことは絶対になかったでしょう。

マズローの6段階を仕事に当てはめてみる

生理的欲求と安全欲求は仕事をすると稼げる給料が直結します。これは給料の大小にかかわらず、ご飯を食べられるお金や住居に住むことができるお金を意味します。贅沢できるお金のことではないです。

社会的欲求とは孤独を避けたい欲求です。集団に属したり人と接しないと人は不安に陥ってしまうのです。仕事でいえば人間関係に問題がなく、人と問題のないやりとりができたり仕事のやりがいを同僚同士で分かちあったりした時に欲求が満たされます。

尊厳欲求は褒められたい欲求です。これは沢山ありそうですね。「○○商事に入れたなんてスゴイね」とか「おっお前も少しは仕事ってもんがわかってきたか」と先輩に褒められるとかお客さんに褒められるとか。

そして自己実現欲求。自分のしたいことを実現したいという欲求ですね。安全や社会的欲求が満たされて初めて意識できるものです。そして自己超越欲求として自分を犠牲にしてでもやらなければならないと思う仕事をする。非常に良い心がけです(半分棒読み)

仕事のやりがいに繋がりますか?

少し寄り道をしましたが、ここからが重要です。最後の2つ、自己実現と自己超越は注意が必要です。特に現代の日本では大学生が就職先を選ぶときに意識することでありがちなのが「○○を変えたい」ですね。教育とか日本とか医療とかを変えたいと。

それはおそらく自己実現とか自己超越欲求だと思うのです。でもね、例えばとある教育事業を行っている影響力のある大きな会社に「教育を変えたい」と言って入ったとして、教育を変えられると思いますか?答えはNoです。そういう大企業にはこれまで築いてきたビジネスモデルがあって、それを粛々とこなしていく必要性があります。で、そういう会社に入った社員が何をするかというと現在の教育を押し付ける営業だったりするわけです。自分が納得していない教育方法でも、売らないといけないから売る営業。

自分は組織の中の人間なので、組織には従わないといけない。そうしないと怒られるし給料が下がるし最悪クビになります。そうなるとマズローピラミッドの一番下の生理欲求や安全欲求が満たされない。これはいけません。なぜならマズローのピラミッドというのは下の層が満たされることで次の層を意識できるというもので、下が満たされないと上に行けないのです。

例えば教育を変えたいという自己実現欲求があって、でも安全欲求を満たすための仕事の仕方をしていると、「本当は教育を変えたいのに、自分の生活をしないといけないから教育を変えることを諦めている」わけですね。そして段々自分の中での矛盾に耐えられなくてこんなはずじゃなかった転職をします。まあもしくは自分がはじめ抱いていた高尚な目標を忘れるでしょう。

会社選びが本当に重要

世の中には大きく分けて二種類の会社があります。社会貢献のために事業を行っている会社と、自分たちが生きるために事業を行っている会社。もちろんどの会社にもどちらの要素も含んでいるのですが、優先順位の話です。自己実現を優先するか、自己超越を優先するかの話です。

例えば私のいる会社では「相手のためにならないなら絶対売るな」という言葉がよく聞こえます。その結果売上が下がろうとも、赤字になろうともです。利益だけを求めるわけではなく、自社がやるべきことは何かを考えて合致するなら売るし、そうでないなら売りません。サービスづくりも製品づくりも同じです。そしてそれを実現するためだったら赤字になることや株式買戻しまでなんでもやれることはやる。まさに自己超越の会社です。だからこそその意義に共感して入ってきた社員は非常に満足度が高いです。しかし安定を求めて入ってきた社員は「そんなにギャンブルしたくない。もっと安全に行こうよ」と言って反対しますが、そういう人はいなくなります。

自分たちが生き残るためにやっている事業とはなんでしょうか。例えばオフィス用複合機市場といえば三社の三つ巴状態です。その中の一社にいた人から聞いた話ですが、この三社に差別化要素は一切ないそうです。だから営業力勝負。営業が頑張って売ることでシェアを1%でも上げることが大事。

でもそれってそのうちの一社が潰れても誰も困らないということですよね。短期的にみれば現在その会社の製品を使っている会社はスイッチングコストが発生しますが大した話じゃないです。ということは、彼ら3社は基本的に自分たちがいることで社会貢献をしているわけではなく、自分たちが生き残るために事業をしていると言っても良いかも知れません。そういう会社の場合、たとえば「時代はペーパーレス」となっても紙で印刷するメリットをガンガン主張するわけです。本心ではペーパーレスにすべきと思っていても、それじゃあ自分たちが食い扶持なくなって露頭に迷うから。

選ぶ環境によって自分がやりたいことが実現できるのか、そうでないかは決まります。それは会社や組織が自分たちの社員の生活を一番に考えているか、社会のことを一番に考えているのか。たいていは自分たちの社員の生活や会社の存続を最優先で考えます。悲しいことですがまっとうであるとは思います。

であるならば、会社選びのときに「自分のやりたいことが実現できるか」は高望みしすぎない方が良いかもしれません。その方が入社後のギャップで苦しむことはなくなります。私がいる会社に就職する学生の多くは「やりたいことはまだ明確にない。そもそも自分に何ができるかなんて働いてもいないのに分かるワケがない。でもこの会社は成長と社会貢献性の高さは一番だと思う」と言います。それで良いんじゃないかと思うんです。

その会社が何をやっているかはともかく、自分が何をしたいかを明確にイメージすることは難しいです。ならば自分がその会社に入った時にどういう働き方をするのかの明確なイメージを持つようにしませんか。例えばどういう属性の人がどんな部署に配属されて、その部署ではどういう仕事をするのかを調べることは簡単です。

生理的欲求を満足させるために頑張らないといけない環境なのか、もっと高次な欲求を満たせるのか。この観点で今の会社やこれから行こうとしている会社を見なおしてみましょう。

ーー酔っぱらい過ぎて論理が繋がっているのかそうでないのかすら判断ができず、申し訳ありません。ご指摘がありましたらTwitterなどでいただければと思います。

それでは良い週末を!

ハタラクティブ
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