40歳過ぎた男の顔は自分の責任だという有名なリンカーンの言葉があります。(参考)
皆さんはこの言葉についてどう思いますか。私は40歳にはまだ遠いのでイマイチ実感が湧きませんが、男の顔に現れるカッコよさというものは容姿とかではなく、強さや優しさ、正義感などといったその人の内面が現れると思っています。だから40歳になれば遺伝子とかの話ではなく、その人がどう生きたかの歴史が顔に刻まれているのではないかと、そう思います。
今私は20代後半というレンジに属しています。よく20代は成長のために死ぬ気で仕事をしろといわれます。また遊びも仕事もどちらもやりきれとも言われます。人生はそれぞれ自由に生きたらいいさとか、一度しかない人生なんだからたっぷり遊べとか、色々な意見を耳にします。
どういう意見も、その意見を発した人の経験に基づく正しいアドバイスだと思います。幸い日本は非常に自由な国ですから、みんな自分で自分の考えたとおりの道を歩めばよいと思うんです。
- 趣味に生きるために、仕事は最低限生活ができる程度の収入を得られれば良いという生き方
- 際限なく成長を望み、全速力で仕事に取り組むという生き方
- 家族を持ち、自分だけでなく家族の幸せを第一に考える生き方
- 外国に放浪の旅に出るひと
若いときにどういう生き方を選ぶかは自由で良いと思います。でもタイトルにも書いたとおり、責任が発生するということを忘れてはいけません。自由っていう言葉はとても響きの良い言葉に聞こえますが、自由になればなるほど自分で考える量は増えるし、それだけ自分に責任が課されるということを認識しないといけません。
よく私の年代で聞くのが「自由に仕事をしたい」という台詞です。上司や同僚と意見が合わなかったりするのが面倒くさいから、全部自分で考えて自分の思うとおりにやりたいというものです。
会社で働いていると忘れてしまいガチですが、会社という組織で働くということはある意味非常に楽な生き方です。基本的には出勤して与えられた職務を全うすれば給料がもらえます。大抵の場合は定期的に昇給もしていきます。
でも自分ひとりで独立したらどうなるか、自分がお金を稼がないと誰も給料なんてくれません。お金の稼ぎ方も自分で考えなくてはいけません。どんなトラブルが発生しても解決するのは自分です。会社にいたころは上司が謝ってくれたかもしれませんが、そんな人はいません。全て自分の責任で行動しなくてはいけません。考えなくてはいけない範囲も並大抵のものではないでしょう。
私は学生時代にバイト以外の方法で収入を得ていました。周りから見れば「楽して儲けて」と羨ましがられていましたが、自分にとってはバイトより辛かったです。常に自分の行動を決めるのは自分です。自分の打った施策が誤りだった場合はお金は得られません。そういう場合はなぜそういう結論を下したのか、回避することは出来なかったのか、次同じ失敗をしないためにどうしたら良いかを徹底的に考えて毎日反省と実践を繰り返していました。決まった時間に出勤すればよいアルバイトの方がどれだけ気持ちが楽だったでしょう。
でもこれは非常に良い経験でした。大学の授業よりよっぽど自分の成長に繋がったと確信しています。この経験から私は、「自由とは、楽に見えて辛いもの。でも適切に向き合えば確実に成長に繋がるもの」と捉え、適切に向き合える自由には率先して挑むようにしています。
40歳になったときに自分の息子にカッコイイ父親と思わせることができるかどうか、そういう風に考えると若いときにどういう身の振り方をしたら良いかも、イメージが沸いてくるのではないでしょうか。