28歳になった私は、餃子を好きになれるのだろうか。

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プライベート
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お久しぶりです。実は2週間ほど前から東京を離れて関西圏に長期出張しています。実は猛烈ハードワーク中でして、ほとんどブログに手を付けられていません。。。待っていてくれる方には大変申し訳ない!もう少しで落ち着き始めるはずです。ちなみに下書き中の次のエントリーのタイトルは「私が超絶ブラック環境に飛び込んだ心理をなぜなぜ分析してみる」です。ぜひお楽しみにしていただきたなと。

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さて実は10月20日に28歳になりました。27歳の自分の一番の大きな事件はコンサルタントから採用部門へのキャリアチェンジでしょう。約1年間人事として仕事をしてきましたが、いろいろな発見がありますね。特に人事という目線で広く国内外の会社を眺めた時に、これまでは見えなかったものが見えてきます。社会の問題点だったり、今後の激動の時代の中でどうキャリアを作っていくべきかだったり。あと、うちの会社の人事は営業やコンサル、エンジニアなど様々なバックボーンを持った人の集まりなので、各人種の特性が見えてきたり。環境を変えると見える景色が違うんだなということをまざまざと感じております。

まあそんな私事はどうでもよくて、今日は「餃子って旨いの?」という議題を考えます。

餃子ってどこが美味しいの?

美味しいならロジカルに美味しさを説明すべき

わたくしグルメコンサルと呼ばれていたくらい、味にはうるさい人間です。グルメ関連記事もちょいちょい書いてます(寿司寿し食材偽装日本酒など)が、上手いものってのはロジカルに説明できるはずだというのがモットーです。反対にエモーショナルにしか説明できないシロモノはたぶんその程度のもの。時代が過ぎ去れば忘れられてしまうものだと思っています。

優れた芸術は、たとえばドラゴンボールは世界中に広く支持されている漫画ですが、ただ面白いからとかブームだからじゃなくて鳥山明の緻密な計算があったのではないかと言われています。(ドラゴンボールの左と右と読みやすさの秘密)

計算があったかどうかが問題ではなくて(個人的には鳥山明が天才で、無意識のうちにやってたんじゃないかと思ってますが)、優れた作品にはロジカルな理由が存在する一つの例です。わたし絵には詳しくありませんが、音楽についても同様です。人間が心地よいと思う音楽には必ず理由があります。和音の組み合わせによって人間が心地よいと感じるかどうかが決まっていたり、最後にマイナーコードを持ってくるよりもメジャーコードを持ってきたほうが心地よく追われるとか。いわゆる音楽理論と呼ばれるものです。

ということでロジカルに説明できないなら美味しいと認めない私が、餃子は美味しいのかどうかを考えてみます。

果たして餃子は本当に美味しい食べ物なのか

昨日、おとといと二日連続で餃子の王将に行っている私ですが、私は餃子を美味しいと思っていないのです。まずいと思っているのではなく、「美味しい要素を説明できない」という意味。嫌いではないし、喜んで食べているのですが、美味しいとは思っていない。不思議なんです。

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という話を同僚にしたら「お前、嫌い嫌い言いながらハマってるじゃんか。イヤよイヤよも好きのうちだな」と言われたりします。

最近食べ続けた結果、少しだけ論理的に分析できるようになってきました。

  • 熱々だと外側のパリッとした触感は心地よい
  • 焼き目のついていない部分は確かにモチっとしている
  • 肉や野菜をライスペーパーで巻いているため、いわゆる完全食という意味で、優れた食事なんだと思う

これがポジティブに捉えられる部分。でもさらに味わっていくと、

  • パリッとした部分とモチっとした部分が上手く調和しない。口の中で喧嘩している。いっそのこと別々に食べたいくらい。
  • 水餃子なら喧嘩は起こらないし、水餃子の方が口の中での一体感がある。
  • 中の餡もジューシーかというと微妙。
  • 隣同士ひっついてるから上手にはがさないと破けるし、破けるとタレが肉に付きすぎる。
  • そもそも餃子のタレと餃子も調和していないように感じる

とまあまだまだ分からないことだらけでございます。

が、しかし

今でも餃子を食べたいと思うし、毎晩餃子でも良いかなあと思っている自分がいる。その理由はなんだろうと考えてみたところ一つの結論がでました。それは

餃子は食べごたえ・満足感が心地よいのだ

ということ。

完全食なので米を別で取らなくて良い。そしてビールには合うから餃子+ビールで立派な晩酌飯になるわけです。かつ安いので餃子3人前とかも気兼ねなく頼める。「こんなに食べられるかなあ」というご馳走を前にした子供みたいにはしゃぐ気持ちは私も感じる。男がご飯特盛無料だとなんだか心が躍る気持ちと似ているんじゃないかと思う。

ということで、餃子は味じゃなくて食べごたえを楽しむ食べ物なんだという結論に至りました。味のうまさを教えてくれる人がいたらぜひTwitterやブログで教えていただきたいです。

いま私は週3くらいのペースで餃子を食べています。それは食べごたえを楽しむという気持ちと「こんなに日本国民に愛されている食べ物を自分だけ美味しいと思わないのは、私の舌はどこかおかしいのかもしれない。餃子の美味しいさが分かるまで通い続けよう」という考えからです。なので皆様から頂く声を参考にしながら餃子を愛せる自分になりたいなと思う次第です。

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